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スタッフブログ

小規模多機能型居宅介護みんなの家・稲城長沼

2026年2月15日

【ユウの物語】車馬はゆっくり、愛はまっすぐに。

車馬はゆっくり、愛はまっすぐに。

YO、みなさん。

みんなの家・稲城長沼のストーリーテラー、
→ 王です ←

便利すぎる時代に、私が羨むものがあります。
スマートフォンもWi-Fiもなく、連絡手段は手紙だけだった時代。会える時間が限られていたからこそ、人は今よりもずっと、相手を想う時間を大切にしていたのではないでしょうか。

「一生をかけて、たった一人を愛する」

そんな人生の景色を、私はあるご夫婦の傍らで見せていただきました。

出会い ― 秋の枯れ葉のように小さな背中

始まりは、地域包括支援センターからの一本の電話でした。
十数年来の膵臓がん、そしてゆっくり進む認知症。

初めてお会いしたおばあちゃんは、痩せた体で、まるで秋の枯れ葉のように儚く見えました。風が吹けば、舞い上がってしまいそうなほどに。

それでも、食べることが大好きな方でした。
テレビに映る懐石料理やお寿司、日本各地の風景に目を輝かせて、

「おいしそうだねえ」
と、少女のように笑うのです。

送迎の車中で私が
「今度、一緒にどこか行きましょうか」
と声をかけると、彼女はいつも柔らかく笑って、

「ここに来られて、本当によかった」
と返してくれました。

ヒーローが、一人の人間になるとき

昨年九月。季節が巡るのと同時に、おばあちゃんの体調は急激に坂を下り始めました。

それと呼応するように、おじいちゃんの様子も変わっていきます。

かつて家族を守る「ヒーロー」だった人。
けれど最愛の妻が家にいない不安からか、認知症が進み、警察に保護されたり、食事を忘れたり、時には苛立ちを抑えきれず机を叩くこともありました。

私たちは毎晩、お弁当を届け、灯油ストーブの火を確認し、彼の長い独白に耳を傾けました。
最初は険しかったその表情が、いつしか窓の外に私の姿を見つけると、ちぎれんばかりに手を振ってくれるようになりました。

ヒーローも、年を重ねれば一人の人間になる。
弱さも、不安も、どうにもならない無力さも抱えながら、それでも家族の前に立ち続ける。

それが、彼は父として最後の強さでした。

三歳からの約束

「俺たちは、三歳から一緒だったよ」

おじいちゃんは誇らしげに語ってくれました。
幼なじみとして育ち、勇気を出して結ばれ、日本一周のドライブへ出かけた若き日。

その旅路で遭った悲惨な事故。
おじいちゃんは一度「死亡」と判断されるほどの重傷を負いました。

けれど、かすかに動いた指先が奇跡を呼び込みます。
意識が朦朧とする中で、彼が叫び続けていたのは、自分の痛みではなく、

「女の人を助けてくれ」
という言葉だったそうです。

半分失った頭蓋骨。
それでも彼は、家族のために働き続けました。

「幼なじみの妻がいて、娘がいて、日当たりのいい家で野菜を育てられる。それで十分だ」
その言葉は、どんな贅沢よりも豊かに響きました。

 

二月十四日 ― 静かな卒業式

バレンタインデー。
そして、おばあちゃんの誕生日。

彼女は静かに、その生涯の幕を閉じました。

生前、こんなことを言っていました。
「私はもうすぐ、この施設を“卒業”するの。人生も、もうすぐ卒業」

少し寂しそうに、でも誇らしげに笑いながら。
「じいさんは短気だけど、悪い人じゃないの。怒っても、許してあげてね。私はじいさんのことも、娘たちのことも大好きだよ」

亡くなった朝、おじいちゃんは彼女を探して、あてもなく街を歩き回ったそうです。

「ばあさんは、もう帰ってこないってわかる。でもな、窓を見ると、もしかしたらって思うんだ」
その声は、ヒーローではなく、ただ一人の夫の声でした。

今日、写真を届けに行きます

夕方、私は一枚の写真を額に入れました。
施設で一番かわいく笑っていた、あの日のおばあちゃんの写真です。

車馬の歩みはゆっくりでも、
二人の愛は、まっすぐに、どこまでも続いていました。

一生をかけて一人を愛すること。
それは特別な奇跡ではなく、共に笑い、共に苦しみ、一日一日を丁寧に重ねた先にある“結果”なのだと、お二人の背中が教えてくれました。

冷たい風が吹く夜。

おばあちゃんがどれほど愛されていたかを伝えたくて、
私は、今日もおじいちゃんのもとへ向かいます。

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